悪魔の尻尾(8)ピアニストから腕を吸収する
🕑 Added 2023-05-10 01:41:56 +0000 UTC
前回のことの結論から言えば、成功していた。
俺は「男だけど女でもある存在」という形で、会社では認識されるようになっていた。
女子トイレに入ろうとも不思議な顔をされることはなく、女性社員から声をかけられる頻度も上がった。
同時に男性社員からも声をかけられる頻度が上がった。男同士と言うこともあり、また同時に俺が「女性社員」だからという点もあるだろう。
男でもあるが故に、普通の女性社員よりは声をかけやすく、そういうことを期待しやすくもあるのだと考えているのだろうか。あるいは男女間の社員関係の仲立ちに呼ばれる事も多くなった。
「なぁ赤崎…。ちょっと気になることが出来たんだけど、良いか?」
と言っているのは、数日前に俺を犯した青村だ。俺がミリィ(玲奈)に見えるようにして犯した記憶は抜いてあるはずだが、どうしたのだろうか。
「なんだ。気になることがあったなら聞くぞ?」
「ありがたい。……実は、お前が付き合ってる人のことなんだが」
おっと、ミリィのことと来たか。まぁ性交の記憶しか抜いてないから、実際に会ったことはあるのでそこを問いはすまい。
「玲奈のことがどうかしたか?」
「いや、その…、なんだ。……赤崎はさ…、どっちを、着るんだ?」
「どっち、とは?」
「いや、ウェディングドレスだよ」
はぁ、と気の抜けた声が口からこぼれた。
何を馬鹿な、ウェディングドレスだなんて。…いやまぁ、社会人として普通に女性と付き合ってるなら、そのうち結婚することも視野に入れてくるだろう。その際に対外的にも必要なものは、やはり結婚披露宴だ。
となれば女性はウェディングドレスを着る必要がある。その際に「どちらが」着るのかという話になるが…。
「いや、玲奈の方だろ」
「お、そうかぁ…。…って事は赤崎はタキシードでいいのか?」
「いいも何も、俺の体型でウェディングドレスが似合うわけ無いだろうが」
まだ、な。と内心でつぶやくが、結局はそこに終始する。俺の肉体がまだ部分的に男性である限り、女性用の服を着れば『どこか無理をしている』ように見えてしまいかねない。
そもそも俺自身、ウェディングドレスを着たいほど「女性の思考」を持っているわけではない。おそらく着ることはないだろう。
「話はそれだけか?」
「まぁ、ホントにふと気になっただけだからな。まぁ適当にダベっても良いだろ? 男同士でもあるんだし」
「そりゃな」
そう言いながら、俺はペットボトルのミルクティーを飲み込む。その内、舌の辺りも女性から要素を吸収しておきたい気もするな。男女で味覚にどういう違いがあるのか、だんだん気になってきた。
「…ただまぁ、その辺りの事は少し玲奈とも話しておくよ」
「何だ、やっぱり赤崎も着たかったりするのか?」
「誰が。女でもあるけど男でもあるんだぞ、俺は」
「どっちも新婦の結婚式だって、あっても良いと思うんだけどなぁ」
けらけらと笑いながら、青村は持ってた缶コーヒーの中身を飲み干して、残された缶をリサイクルボックスの中に入れた。
まぁ、その事はミリィとも話しておくか。今日はいいホテルでのデートなのだ。
* * *
「ウェディングドレス?」
「あぁ、青村にちょっと聞かれてな」
「人間のまねごとして、神に誓うの? 悪魔の私が? なにそれ、ジョークにしても面白くないわよ」
とかいいながら、俺達は高級ホテルのレストランで食事をしている。
「それじゃあ、披露宴はしない形で結婚するか」
「人間って面倒くさいのね。見栄の文化もいいけど、見栄っ張りが過ぎると身を滅ぼすのに」
そう言いながらミリィは周囲を軽く見ていた。確かに、こういったホテルで食事をする、と言うことも見栄の文化に入るのだろうか。
レストランのフロア中央では、若い女性ピアニストによる生演奏が行われている。
「だろうな。正直俺もここで食事をするのに給料の半分使ってるから、結構痛い」
「あはは、よく言うわね。目的のためなら何でもするぞ、みたいな事をしておいて」
ころころと笑いながら、ミリィは料理を口に運ぶ。彼女が言っている事は事実だ。俺は目的のためなら何だってするし、その事に良心の呵責を感じた事はない。
悪魔のような男なのかもしれない。いや、今は女か? まぁいい。
俺はチラリと視線を、女性ピアニストの方に向ける。今回の目的は彼女の腕だ。
ピアニストとしての技量を持つ腕なら、さぞかし綺麗だろうな。それを自分のものに出来ると考えてしまうと、俺は内心興奮してしまう。
視線をミリィの方に向け直すと、
「あ、そろそろやる?」
と、彼女が訊いてきた。ミリィはワインを口にしながら、「今日は豆腐の味噌汁が良いな」といわんばかりの軽さで口を開いたので、俺はそれに頷く。
その瞬間、ミリィは演奏をしている女性ピアニストに視線を向けると、幻術を仕掛けはじめる。内容は「もよおしそうになると錯覚させる」幻術、そしてもう一つの条件をトッピングさせた複合的なものだ。
女性ピアニストは、演奏をする都合上その辺りはしっかりと整えているだろう。しかし突然感じた尿意に、わずかながらピアノの演奏が鈍る。それでも彼女のプロとしての意地なのか、演奏は途切れず、曲が一段落したところで、彼女はゆっくりと立ち上がり、礼をした。
そのままわずかにおぼつかない足取りでフロアを後にしていくのだが、それに合わせて、俺も立ち上がる。
そして向かう先はトイレなのだが、そこで俺が見たもの、それは女性ピアニストが倒れている姿だった。
そう、これが幻術に仕掛けられたもう一つのトッピング。「トイレに到達した瞬間に眠気に負けてしまう」幻術だ。
幻術とは人間の深層心理に働きかけ「そうであると誤認させる」術式なのだそうだ。
尿意も眠気も、完全に女性ピアニストの誤認だというのに、肉体としては素直なものだ。トイレの床ですっかり寝息を立てて眠ってしまっている。
俺はその女性ピアニストを抱え込んで、個室に運ぶ。
…それにしても、運ぶために必要な筋力の内、腕以外が女性化した事でだいぶ身体能力が落ちた気がする。そのうち男性から「筋力」なども吸収できればなと思ってしまった。
さて、個室に入り鍵をかけ、俺は女性ピアニストに対して尻尾を突き刺した。いつも通りに俺は彼女から「腕」を吸収させてもらう事にする。
そしてついでだ、「ピアノの知識と技術」も貰ってしまおう。
どくん、どくんと尻尾から吸収していくたびに、俺の腕が細く、しなやかになっていく。
太く、ゴツめだった指が白魚のように細くなり、腕も女性としての筋肉の付き方に変化していく。
肩幅が狭くなり、着ているスーツが少しダブつく。これで俺の肉体は、胸と頭を除いて女性化したのだ。
そして頭の中には、頭が冴え渡る感覚がしていた。習った事など無いピアノを、「どう弾けば良いか」「どの鍵盤を押せばどの音が出るか」「楽譜の読み方」などといった技術が、頭の中に入力されていく。
ふふ、と内心で笑う。やはり記憶や要素だけでなく、技術や知識も文字通り吸収する事が出来たのだ。
彼女のピアノ歴は大分長く、小学生になる前から続けていた技術は今や俺のもの。
後でタブレットのキーボードとかで、適当に遊んでみるか。きっと今までとは違う感覚で遊べるだろう。持て余していたアプリの使い道が出来た。
そんな事を考えながら、俺はハンカチでトイレのドアノブを拭き、両腕がしわくちゃになって、演奏技術も知識も失った「ピアノストだった女性」を振り向かずに出て行く。
思っていたとおり、綺麗な腕と指の女性だった彼女から奪って、俺のものになった腕は細く美しい。これで自分の頬を撫でてみると、如実に「男女の肌の違い」を感じ取る事が出来る位に敏感だ。
席に戻ると、ミリィは自分の分を食べ終えて、ワインのおかわりを頼んでいた。
「あ、隆正、お帰り。どう…だったかは、言わなくても大丈夫そうね」
「そりゃな。いつも助かるよ、ミリィ」
俺はミリィに見えるように、手をテーブルの上に置いて見せる。ミリィから見ても綺麗だと思われる女性の指先が、ミリィの視界に入っているだろう。
「良いのよ、気にしないで。その分隆正の精を食べさせてもらえれば、お返しになるんだから」
「それでも今回は2つの幻術をかけてもらったわけだから、いつもより多めの食事を期待してるんだろ?」
「まぁね。人間の食事なんて私たち悪魔から見ればおやつに過ぎないし、そういう悪魔でない限り腹は膨れないわ。…やっぱり淫魔の食事は精よ」
くすり、と笑いながらミリィは俺の手と自分を絡め合う。女同士の指先が触れる感触が、やはり心地良い。
感触の違いを知るたびに、俺は女の体を得たのだ、という昏い悦びに満たされていく。この体を得た代償が、たとえ見知らぬ女性の犠牲だとしても、俺はそれを気にする事はない。気にした所で、俺に何の得があるのだ?
「じゃあ、隆正はその腕の試運転として、何かしないとだけど…。どうする? さっきのピアニストの代わりに、あの席に座る?」
「いや、遠慮しておくよ。予定外の男が座ったところでホテル側も迷惑だろ」
「それもそうか。じゃあ家でゆっくりと試してみましょうね」
俺も頷きながら席を立ち、会計を済ませる。
エレベーターに乗って扉が閉まる瞬間、女子トイレの方から悲鳴が聞こえてきたような気もするが、俺達にとっては大したことではない。
無慈悲に扉が閉められ、俺達は一階へと降ろされていった。