幼なじみが俺で、俺が俺の妹で(18)『俺のツインテール、瑠璃の坊主頭』
🕑 Added 2024-09-29 15:57:31 +0000 UTC
「どうしたの? みっくん」
帰宅後、家の居間で手鏡を見ていると瑠璃が話しかけてくれた。女子初心者の俺一人ではちょっと難しいかもと思っていたので、ある意味、話しかけてくれるのを期待していたところはある。
「昼休みに清美ちゃんと話してて、俺の髪型の話になってさ」
俺の――『光莉』の髪型は、入れ替わった直後は襟元で切りそろえていた。それから三ヶ月以上、美容室で前や横を整えるぐらいでいたため、背中にかかり始めるくらいには長くなっている。
「三つ編みお下げとかポニーテールとか試してくれたんだけど、何かしっくりこなかった。ただ、全然工夫しないのもちょっとつまんないなと思って」
「みっくんもすっかり女の子だね」
「そ、そんなんじゃないっての! 女子はこういう話をしょっちゅうするから、俺はしかたなく付き合っているだけで……」
「はいはい」
俺を簡単にあしらうと、瑠璃は俺の髪を弄り始める。
「ポニーテールとか活発に見えてチャーミングだから、ちょっともったいないかな」
「何だか落ち着かないんだよ。うなじの辺りがすーすーして」
男だった時は短い髪形にしていたのだから、うなじが剥き出しになるくらい当たり前だったけれど。『光莉』はショートカットにしたことはなくて、その差が今の俺に影響を与えているのかもしれない。
「うなじが見えるのが可愛いのに」
え?
ぼそりと言った瑠璃の言葉に俺は固まり、訊き返すタイミングを逸してしまう。
瑠璃にそういう好みがあるなんて思ったことがなかった。瑠璃はいつも長い黒髪をまっすぐ伸ばしていて、その髪型が一番似合っているし一番好きだったはず。
頭の中で『光莉』の記憶を引っくり返すが、そちらでも瑠璃がうなじの話なんてしていた覚えはない。
そもそも、女子のうなじの話なんてずいぶんフェチっぽい話題で、瑠璃にそういう嗜好があったとは思えない。しかも、俺自身にもそういう嗜好はないから、『俺』の悪影響というわけでもない。
それってつまり……『俺』の身体で生活するうちに、瑠璃に芽生えてしまった性癖ってことなのか?
やばい、ちょっと怖いかも。
でも、確認したくても、さっきの呟きはごく小声で、今さら蒸し返しても否定されそうで、俺は何も言えなかった。
ともあれ。俺の意向も踏まえた上で、瑠璃は髪型を提案してくれた。
「へえ……」
鏡を見ながら左右へ顔を向けてみる。その動きに沿って、両耳の上あたりでそれぞれに結んだ髪の束が揺れる。
ツインテールだ。
お下げほど地味ではなく、適度に華やかなのがいいと思う。
記憶の中の『光莉』は口先でガキっぽいと言っているが、この前の水着同様、すごく似合うのだからしかたがない。
「うん、たまにこれやってみる」
俺が言うと、瑠璃も喜んだ。
*
俺がツインテールを髪型のバリエーションにしてから、数日後の日曜日。
床屋から帰って来た瑠璃が、坊主頭になっていた。
「ど、どうしたの?」
瑠璃が『俺』の身体で床屋に行くのは二度目。五月は普通にそれまで通りの髪型にしていたのに。
「床屋さんに行く途中、歩いてたら鳥の糞が頭に当たって……ティッシュで拭き取ったんだけど、我慢できなくなって……」
「あ、ああ」
瑠璃は、病的な潔癖症というわけではないけれど、普通にきれい好きだ。髪の毛にそんなものが付いて、平然としていられるわけはない。
「でもずいぶん思いきったなあ」
坊主頭の中でも、一番短いタイプじゃないだろうか。お坊さんほどじゃないが、髪の毛が点みたいなことになっている。
「最初は汚れたところだけ大きく切ってもらおうと思ったんだけど、床屋さんに説明したら、ならいっそ坊主にしちゃおうかって言われて……今年の夏も暑いから、一番短くしようって言われて……」
「なるほど」
「夏休みの間にいい具合に伸びるからって」
一学期の終業式は明後日。ちょっとクラスで目立つかもしれないが、野球部とかで坊主にしている奴は他にもいるはず。浮くようなことにはならなさそう。
「ちょっと、触っていいか?」
「え? うん……」
俺の隣に座った瑠璃の頭を撫でる。
「うわ、面白い……」
ざらざらした手触りが、手のひらを刺激する。
「髪の毛がほとんどないって不思議な感じだよね。女子はまず経験しないし」
「だな」
そりゃそうだ。瑠璃があのきれいな長い黒髪を切ってしまうところなんて、俺は絶対に見たくない。
……『瑠璃』の坊主頭は、想像するとちょっとドキドキしたけれど。以前観たことのある昔のドラマの、お坊さん役を演じた美人女優の姿をちらりと思い出す。
「てか、男子でもここまではなかなかやらないぞ。俺はそもそも坊主にしたこともないんだし」
「鳥の糞が当たらなかったらこんなことにはしなかったんだけどなあ。わたし、あんな目に遭ったの初めて」
実は俺も、鳥の糞が当たったことなんてない。
入れ替わりが起きてからのこの数ヶ月、瑠璃の方が、それまでの俺よりも『俺』としての経験を積み重ねているんじゃなかろうか。ふとそんなことを考えてしまう。
意識を切り替え、手が味わう感覚を話してみた。
「これ、あれだな。親父がひげ剃りする前に頬ずりしてきた時の感触に似てる」
小さい頃、なぜかそんなことをやってきた。あれはジョリジョリして痛くて不快度の方が高かったけど、成人男性の伸び始めたひげと思春期男子の短い髪では質が違うのか、されるのとするのとの違いなのか、今はただ楽しい。
「『俺』の頭って、意外とでこぼこしてるんだな。ジャガイモみたい」
小さい頃に何度か頭をぶつけたとか親から聞いたことがあるし、その名残りだろうか。瑠璃にはこんな身体を使わせて悪いと改めて思う。
そんな風に、あまり覚えのない感触を楽しみつつ撫でまくりながら、『自分』の頭をじっくり観察もしていると。
「み、みっくん……」
瑠璃の声が妙に上ずっていた。
「何か、変な気分になっちゃうから、その辺にして欲しいかな……」
「ご、ごめん」
瑠璃のその声を聞くと、さっきまで無邪気に瑠璃の頭を触って眺めていただけの俺まで、何やら変な気持ちになってきた。