幼なじみが俺で、俺が俺の妹で(12)『かっこいいお兄ちゃん』
🕑 Added 2022-10-15 15:04:43 +0000 UTC
校庭で体育の授業を受けていると、みんなの視線が体育館の開け放たれた扉に向いている。でも、うちのクラスの男子は校庭の別の一角にいる。たしかこの時間は瑠璃のクラスも体育だったっけ。
「かっこいいよねー」
「うん」
盛り上がっているのは、長距離走をすでに終えてクールダウン中の子たち。体育館の中をちらちら見ながらはしゃいでいた。
「どうしたのー?」
「あ、光莉ちゃん」
清美ちゃんに訊いてみる。
「あの人、光莉ちゃんのお兄さんだよね?」
体育館の中では、『光彦』がバスケをしていた。相手をドリブルで抜き去り、軽やかにシュートを決める。ゲームが再開すると相手ボールを奪ってまた攻める。
「かっこいいなー」
清美ちゃんがうっとりしたように言い、周りの子たちもそれに同意していた。
*
「み、みっくんも見てたの? ちょっと恥ずかしいな」
お風呂で湯船に入りながら瑠璃に訊くと、当人は照れたように顔を赤くした。その照れくさがる表情には『瑠璃』が思いがけないことで褒められた時の面影がある。気づけるのは俺か光莉しかいないだろうけど。
「二ヶ月も経ってないのにずいぶんうまくなってたよな。俺よりもスポーツ得意になってないか?」
入れ替わった少し後、『俺』として体育の授業を初めて受けた瑠璃は「みっくんの身体ってやっぱり『わたし』の身体と勝手が違うね。慣れるのはちょっと大変そう」なんて言っていた。そもそも『瑠璃』もそんなに体育の成績がよかったわけじゃない。だからちょっと体育が得意なつもりでいた俺がアドバイスしたりもしたのに。
「修正して、調整して、慣れていった感じ。料理と同じかな」
そう言えば、最近は家で瑠璃が作ってくれる料理はぐんと上手になっていた。
成績だけでなく、スポーツもできて女子に評判で、それに料理もできてって、どんな完璧超人だよ。
「俺、二年後に元に戻った時、瑠璃みたいにかっこいい男子になれる自信ないよ……」
つい自分のことを考えてしまう。瑠璃がうまくやれていることを素直に喜べばいいのに、と口にした直後に後悔してしまった。
「大丈夫だよ」
そう言うと、瑠璃は俺をそっと抱き寄せる。妹を優しく扱う兄の手つき。俺が『俺』だった時は、照れくさくてあまり『光莉』にしてやれなかったこと。
「みっくんは普通にしていれば、それだけで優しいかっこいい男の子なんだから」
「そうかなぁ……」
励ましてもらうけど、気休めじゃないかな。
「それに……わたしの思考錯誤の記憶もこの身体には残るんだから、それを参考にすればいいんじゃない?」
「瑠璃におんぶにだっこみたいでやだなー」
評判を良くしてもらって、そのノウハウまで教わるようなものじゃないか。
ただ、『光莉』の身体は『お兄ちゃん』に抱っこしてもらうのがうれしいのか、沈んでいた気持ちは次第に上向きになってきた。
抱っこをやめて少し離れると、瑠璃は天井を見上げながら口にした。
「それに、かっこいいなんて言っても、男子の間じゃわたしちょっとからかわれてるし」
「い、いじめ?」
「とは違うと思うよ」
なぜか少しためらってから、瑠璃は言う。
「エッチな話、男子は好きでしょ? でもわたし、そういうのが全然わかんなくて」
あ。
「ごめんな。俺がそっちの方の記憶を全部読めなくしたから……」
「いいよ。わたし、本当は女の子だもの。別に知りたくないし」
瑠璃に嘘やごまかしの様子はない。
「それに、男子の話に付き合ってるうちに何となくはわかってきたし。もう少ししたらからかいも収まると思う」
瑠璃の言っていることは少し矛盾してる気がした。でも、立場を逆にすれば俺にも言えることか。男だから女子特有の知識なんて欲しくないけど、今は女子として暮らす中でその知識が必要だし場合によっては求めてしまう。
けど、大丈夫そうだとほっとすると同時に、俺は少しだけ嫌だなとも感じてしまう。
あの清楚でおとなしくて、賢いけど控えめな女の子の瑠璃が、男子の輪の中でエロ話に付き合わされる。からかわれずに済むように、時には自分からエロ話を切り出したりなんてことも、これからはあるかもしれない。
きれいな存在が汚れてしまう気がした。
今さら、ではある。入れ替わり初日に、瑠璃をいきなり手コキしたのは俺だ。あの時、女の子の瑠璃に男の射精という快感を教えて汚したのは俺だった。それからも、こうして性欲を処理してあげて、毎朝毎晩のように俺は瑠璃を男に近づけている。
ならこれは、俺の独占欲なんだろうか。
そもそも瑠璃が『俺』になったのは、俺が瑠璃や光莉の願いを叶えてと気楽に願ってしまったからでもあって……。
「みっくん、今さらどうにもならないこと考えちゃってない?」
話を聞いて考え込んでしまっていると、瑠璃にほっぺをちょんとつつかれた。
「わたしも自分が男の子になるなんて思ってなかったし、この前もちょっと話したように別に男の子になりたかったわけじゃないけど。なっちゃったものはなっちゃったんだし、戻れるのは再来年の四月なんだから、今はできるだけ楽しもうとしてるってこと」
俺は男だ。そしてナルシストでもない。
それでも俺を気遣ってか男になった今の自分の暮らしを肯定してくれる瑠璃の笑顔は、『俺』のものなのに『瑠璃』の時と同じように優しくて。
俺は胸の奥が温かく満たされていくような気分になれた。
「男子の体育って小学校の時の休み時間を思い出す感じで面白いし、男子のエッチな話も他の話もすぐ近くにあった知らない世界を覗くみたいで珍しいしね」
「そう、だな。俺も、清美ちゃんたちと一緒にいると、去年と同じ教室にいるのに全然違うところにいる気がする」
「こんなこと、異性になったわたしたち二人しか経験できないよね。光莉ちゃんは光莉ちゃんで、東京で楽しんでるんだろうけど」
今の自分だけでなく、今の俺をも支えてくれるような言葉。それでいて光莉についてもフォローするように付け足すところが瑠璃らしい。
俺は今度は自分から、瑠璃にもたれるように抱きついた。
「かっこいいなあ……お兄ちゃん」