幼なじみが俺で、俺が俺の妹で(11)
🕑 Added 2022-09-30 16:28:27 +0000 UTC
「暇だなあ」
「することないね」
俺がぼやくと瑠璃が同意して、困ったように笑った。
ゴールデンウイークの最終日。家には俺たち二人だけ。
昨日までは、父さんと母さんもいてのゴールデンウイークだった。俺と瑠璃は妹と兄として、時々言い争ったり仲良くおやつを食べたりと三月以前の関係を演じつつ、少し多めに出された宿題を二人一緒にそそくさと片づけて驚かれたり、前半はほとんど寝て過ごしていた両親の回復を待って近くの遊園地へ遊びに行ったりした。
ただ、今日になって両親はそれぞれの仕事でトラブルが発生して出勤していった。
ちょっとぜいたくな外食の予定が流れたのは残念だが、まあ別にいい。問題は、宿題も済ませてしまった俺たちにとっては完全に暇な一日が訪れてしまったことだった。
「みっくんゲームする?」
「んー、今はいいかな」
入れ替わり前によく遊んでいたRPGがあったが、光莉になってからは不思議とやる気が失せていた。最初は、『光彦』の部屋にゲーム機があって寝食忘れてみたいな遊び方ができなくなったからかと思っていたが、こんな絶好の機会が与えられても食指が動かない。ゲームについては特に好きでもない『光莉』の記憶に影響を受けているんだろうか(入れ替わる前のあいつのオタクとしての関心は、テレビで見られるアニメと古本屋で手軽に買えるメジャーな漫画に偏っていた。『瑠璃』の立場で東京にいて、今現在どうなっているかは想像できないが)。
そして『俺』になった瑠璃もゲームに嵌まりはしていない模様。「みっくんの代わりに進めちゃうのも気が引けて」というのはもっともな理由だし、別データを作って始めるわけでもないのは、途中まで進めていた『俺』の記憶があるからなのかも。瑠璃自身、ゲームに関しては光莉と同レベルの興味関心しかないし。
「借りてきた本が読み終わるのはちょっと予想外だったよね」
「面白過ぎた」
連休に入る前に、文芸部から昔の本を何冊も持ち帰っていた。しかし予想以上に面白くて読みやすくて、連休前半で読み終えてしまっていた。もっと歯応えがある本を選んでもよかったかもしれない。
まあ、「一日」とは書いたが、すでに昼下がり。食事の支度や片づけや洗濯や掃除をしていくうちに午前中は潰れ、もう少しすれば洗濯物の取り込みや夕食の支度や風呂になって、意外とあっさり今日も終わる。はっきり暇と言える残り時間は意外と少なさそうだ。
でもそう考えると、何かいつもと違ったこともしてみたくなる。
なので俺は。
「うーん、えいっ」
「ど、どうしたのみっくん?!」
居間のソファでくつろいでいた瑠璃に、とりあえず飛び掛かってみた。
「小さい頃はこんな風にやってたなって、『光莉』の記憶を思い出した。退屈な時はお兄ちゃんにじゃれつくと、けっこう暇が潰れるんだ」
「みっくん、『みっくん』の記憶だと、そういうことする光莉ちゃんのことかなりうざいと思ってたよ?」
瑠璃が『俺』の顔で困ったような表情になる。
「でも今は俺が妹だし」
「理不尽なのは、立場で態度を百八十度変えるみっくんなのか、それとも兄を暇潰しの道具としか思ってない光莉ちゃんなのか……」
「それにしても、男ってやっぱり女と違うんだなー」
何やら呟いている瑠璃を無視して、俺は『俺』の身体に密着して撫でさする。
「『俺』の身体でも筋肉が意外とがっしりついてるし、骨格からごついし」
「ちょ、ちょっと、くすぐったいよ、みっくん」
「それぐらい我慢しろよ、お兄ちゃんなんだから」
「妹ってこんなわがままなの?!」
「その通り。俺も昔はこの無法を耐えてきたんだ」
「負の連鎖は断ち切る努力をしようよ……」
言われても俺の動きは止まらない。
自分より「上」の存在を、困らせる楽しさ。単純なわがままとか甘えとかとはまたちょっと違うかもしれないような、結局同じなような。光莉の気持ちが、同じ立場になって初めてすごくよくわかった。
「胸がぺったんこなのも、女の立場からすると不思議だなー」
胸に触ると、瑠璃が「あんっ!」とちょっと女の子みたいな声を上げた。
「し、しかたないじゃない。男子は別にお乳が出ないんだから、大きくなる必要なんてないの」
「でも乳首はついてるんだよな」
服越しにちょっと盛り上がっている部分をつまむ。「んんっ!?」とさらに悲鳴みたいな声が出る。
「瑠璃って、カップいくつだった?」
「なんでそんなことまで訊いてくるの?!」
「気になったんだからしょうがないだろ。お兄ちゃんは妹の質問くらい簡単に答えるものなんだぞ」
俺が男の『俺』で瑠璃が女の『瑠璃』だったら、絶対しなかったはずの質問。でも今は、俺が女で瑠璃が男で、しかも俺たちは兄妹で、踏み込んでいけないラインがよくわからなくなっていた。
「……D」
けれどなぜだろう。自分から訊き出したことなのに、瑠璃の答えは俺をカチンとさせた。今しがたまでの妹による兄への甘えに、中一の女が中二の女に抱く感情が混じるのを自覚した。
「へ、へえ……すごいじゃない」
「別に、そんなにいいものじゃなかったよ。重いから体育は苦手になるし、じろじろ見られるし」
持てる者は持たざる者の気持ちなど理解していない。
「ふうん、じゃあ今は男の子になってすっきりした? お兄ちゃん」
あたしは自分の小さい胸を気にしているのに。そんな気持ちがどこからか湧いてきて、俺の判断を狂わせる。じゃれ合いやおふざけの範囲を超えてこれは行き過ぎかと踏みとどまるより先に口走ってしまった。
ふう、と瑠璃は一度大きくため息を吐く。
そして、俺の両肩を強い力で掴んで引き剥がすと、真剣なまなざしで見据える。単なる怒りや苛立ちだけでもない、こちらへの気遣いまでも窺えるような真面目な視線に、俺は思わず身を竦めていた。
「親しき中にも礼儀あり。節度はなるべく弁えようね」
「は、はい……ごめんなさいお兄ちゃん……」
「わかればいいよ。じゃ、洗濯物を取り込もうね」
手を離すと瑠璃は軽快に二階の物干し台へ向かう。でも俺は、その場にしばしへたり込んでしまった。
合流してからは、それまで通りにやっていけたと思う。でもさっきの瑠璃の言葉は、俺の心に楔のようにしっかり打ち込まれていた。
俺は妹としてのトラウマをお兄ちゃんの瑠璃に植えつけられ、光莉本人ほどわがままな妹として今後二年間を過ごすことはかなり難しくなったのだった。