寄稿物:ルギアがデオキシスにボコボコにリョナられる
🕑 Added 2018-06-20 12:12:59 +0000 UTC
真夜中であった。吹きすさぶ風に大きく波立つ海面へと、滝のように降り注ぐ雨粒が吸い込まれてゆく。
分厚い雨雲が空を覆い、月明かりすら海原へは届かない。さながら深海の暗闇に呑まれたかのような黒一色の世界だ。
そんな漆黒の中に轟音を立てながら稲光が走るたび、荒々しく波打つ海面が照らし出される。
まるで海の内包する二面性のうち、底知れぬ恐怖を秘めた荒々しさの側面のみが顕在したかのようで、陸地に住まう者ならば誰しもが本能的な恐怖を感じずにはいられない光景であった。
再び雷鳴が轟き、稲光が走る。どこまでも続く荒れた海原と共に、今度はその上を滑るように飛行する一対の翼を広げた流線型のシルエットが照らし出されていた。
降り注ぐ雨粒も、吹き荒れる風にもその動きを阻害されることなく、嵐の中こそが自分の領域だと言わんばかりの自然さで飛行を続ける、白い影であった。
ルギア。
深海で眠る海神と称され伝承にも残る、伝説の存在である。
この嵐は海神と呼ばれる彼の怒りを表したかのようにも見えるが、捕食者を思わせるその鋭い顔に、憤怒の形相は浮かんでいない。
その顔つきとは裏腹に、長い年月の中で積み重ねられた思慮の深さと穏やかさを感じさせる瞳には、不安の色が浮かんでいた。
何かが妙だと、何かがズレていると、そんな確信が彼の脳裏に浮かんでいた。それでいて、その確信に至る原因を言葉にすることが出来ない。
四対の背びれにちりちりとした違和感を覚える。何も変わらないはずの海原の光景に、説明の出来ぬ異変を感じる。
思念による力を操るエスパーという彼のタイプと、海神と呼ばれるほどの神性から来るものであろうか。その第六感とでも言うべき感覚によって彼は深海での眠りから覚め、より強い違和感を放つ方へと飛び続けることができた。
――……ッ
ルギアは僅かに表情を強ばらせた。
漠然とした違和感が、よりはっきりとした威圧感に変わってゆく。そこを目指して、彼は稲光さえも追い越さん勢いで加速し、空を翔ける。
異変の中心にいる何かに近づいているのが肌で感じられた。近づくほどに、とてもこの世界由来の物とは思えぬその異質さが全身に伝わってくる。
母なる海の上を飛行しているはずなのに、何故かそこが自分のいるべき場所ではないと感じるほどであった。まるで自分の知らない何かによって、この一帯の在り方そのものが蝕まれているかのようである。
稲妻が走る。雷光に照らされた海原の先に、小さな島が一瞬だけ浮かび上がった。
その違和感の原因がそこにある。そんな確信があった。
用心するように減速しながら、彼はまじまじとその小島を見つめた。
正体は分からずとも、そこには確実に何かがいる。自身の知る摂理とは全く異なる何かが。
目を凝らして島の様子を確認しながら、ルギアはまるで宙を泳ぐかのような動きでその島へと近づいてゆく。
深海の暗闇さえも見通す彼の目を持ってすれば、闇夜の暗さなど問題ではなかった。
見たところは、洋上にぽつんと浮かぶただの小さな島である。木々に覆われていることから、おそらく海を越えて渡りを行う鳥ポケモンたちが、羽休めの場として使う内に種を運んできたのだろうと予想できた。
陸生のポケモン達が生態系を築くためには余りにも小さな、彼とて普段ならば気にも留めずに通りすぎてしまうような場所だ。
だが今はその小島にも、ひと目で分かる異変が発生している。
(これは……)
ルギアは僅かに目を見開いた。島のほぼ半分がクレーターによって消し飛び、その窪みの中に海水が溜まっている。
見たところ出来たのは最近の事のようで、吹き飛ばされた木片が今も周辺に散らばっていた。
この一帯にかかるまるで霧のような異質感の中心こそがそのクレーターである。
そこにある何かを見極めようと感覚を研ぎ澄ます。クレーターの更に中心、強烈な威圧感を放つ何かへと、意識を傾ける。
集中するとともに閉じられた瞼の裏に、曖昧な像が見えた。よりはっきりとそれを見るため、更に深く意識を集中させようとする。その時であった。
『――ッッ!?』
心臓を鷲掴みにされるような強い威圧感を覚え、空中で静止していたルギアの体がビクンと震え、大きく開いた口から掠れた息が漏れる。
考えるまでもなかった。自分と同じように、この異変を引き起こしている何かもこちらの存在を探っていたのだ。そして今、それが明確な敵意に変わった。
体に絡みつくような不快なプレッシャーが、明らかな敵意を孕んで自分へと向かっているのだ。超能力による感知を行うまでもなくそれが感じられた。
もはや向こうから仕掛けてくるのも時間の問題であろう。ルギアは表情を固くしながらクレーターの中心を見据える。
応戦せずに逃げることも可能であろうが、この異変の根本を見極めなくてはここに来た意味がなかった。絡みつくプレッシャーを振り払うように唸りながら臨戦態勢をとる。
だが、敵の初手は彼の予想外の方向から襲いかかった。
空中に居るルギアの下方、海面から水柱が吹き上がる。
泡立ちながら吹き上がる水柱はルギアへと向けて真っすぐ伸び、その中からは一匹のポケモンが姿を表した。
予想外の方向からの攻撃に一瞬反応の遅れたルギアであったが、体を捻りつつ何とかそちらへと視線を向ける。
咆哮を上げつつ水柱から姿を表したのは、ギャラドスと呼ばれるポケモンであった。
海に生息する中でも特に凶暴な種であり、巨大な体躯と龍を思わせる長い体を持つポケモンである。
『くっ……ッ』
白く長い首へ食らい付こうと、巨大な口を開けながら迫るギャラドスへと、ルギアは苦々しげに声を漏らしつつも一瞥を向ける。
水柱が吹き上がる勢いのまま迫っていたその巨体は、ルギアの視線を浴びると同時に慣性を無視してすうっと動きを止めた。
彼の操る念力である。不可視の力に抵抗するようにギャラドスが身を捩るが、力の差は圧倒的である。
『海のポケモンに襲い掛かられるのは随分と久しぶりだ……』
ルギアは冗談めかすようにそう言いながら、自らに襲いかかってきたギャラドスを訝しげに見つめる。
彼の話す通り、海神と呼ばれるほどの存在である彼に対して、積極的に襲い掛かってくる相手などそうはいない。だから不思議だった。
ギャラドスは赤くギラついた目をルギアへと向け、理性を失ったかのように暴れている。凶暴なポケモンとはいえ、この様子はそれを通り越している。とても正気には思えなかった。
これも異変の一つの形なのだろうかと戸惑いを隠せずにいるルギアであったが、思考する時間を与えることなく、その背後から風切り音が迫る。
咄嗟に振り返ると、鋭い嘴に鋭い目つきの鳥ポケモン――オニドリルと呼ばれるそれが、ギャラドスと同様に赤くギラついた目つきでルギアを見据えながら、まっすぐに向かってきている。
どうやら小島の木々の隙間に潜んでいたらしい。ルギアは念力によって空中に捕らえたままのギャラドスをそちらへと投げ、まっすぐ自分へと向かうオニドリルへぶつけようとする。
あの飛行速度では、いきなり目の前に飛んできた巨大な障害物を避けきるのは難しいはずだ。
しかし次の瞬間、ルギアは驚嘆の声をあげていた。
『なっ!?』
オニドリルは体にかかる負担も厭わず進行方向を急変させ、投げてよこされたギャラドスを避ける。かと思えば引き絞られた矢のような加速を見せてルギアへと向かった。
鋭いくちばしを軸に高速回転しながら突き進むオニドリルの攻撃を、ルギアは間一髪避けきるが、細かな白い羽毛に包まれた右の太ももには一筋の傷が残り、傷跡の周りがじんわりと赤く染まる。
素早く旋回を済ませ、間髪入れずに次の攻撃を繰り出すオニドリルに応戦しながら、それでもまだ彼の表情には驚嘆の色が浮かんでいた。
そもそも野生のポケモンが意味もなく彼に襲いかかる道理はなく、それ以前にこのオニドリルの動きは、本来のそれとは比べ物にならない。
その荒々しい動きは自らの命を削りながら戦っているようにさえ見える。それでいてその行動に道理はなく、まるで生物としての本能すら忘れ去った、使い捨ての道具のような在り方である。
事実、ルギアがその猛追撃を紙一重で躱し、または念力によって進路を阻み、最低限の自衛を繰り返すだけでオニドリルは目に見えて消耗していく。
奇妙であった。やはり何かがズレている。再びそう考え、うすら寒さいものを感じずにはいられない。
死力を尽くすような鋭角な動きを繰り返しルギアへと攻撃し続けるうち、ついにオニドリルの体は限界へと達する。負荷に耐え切れなくなった翼が羽ばたく力を失い、失速した体がきりもみ回転しながら海へと落ちてゆく。
だがその姿に哀れと思う暇すらもなかった。オニドリルの猛攻に対応して空中で動き続けていたルギアが再び静止した瞬間、下方から鋭い光が発せられる。
見下ろすと、先ほど投げたギャラドスが海面から顔をだし、そのギラついた目でルギアを見据えていた。
大きく開いた口の中に集約されたエネルギーが光を放ち、今まさに解き放たれようとしていた。
破壊光線。そう呼ばれる技である。
やはり通常では考えられない程の力を込めて放たれたそれが、光の柱となって真っ直ぐルギアへと突き進む。
身を捩って避けるには余りにも大きな力の奔流である。ルギアは避けることを諦め、向かい来る攻撃と自分の間に意識を集中させる。
破壊光線がまさにルギアの体へと直撃しようとした間際、そのエネルギーの奔流は不可視の壁に阻まれた。
大海の化身という生来の属性から来るものであろうが、彼の持つ超能力は攻撃よりも守りに長けている。
大抵の守りは易々と突破するであろうほどの、死力を尽くした一撃であったが、海神と呼ばれる彼を相手取るには話が別である。
不可視の壁に阻まれた破壊光線の余波が周囲に飛び散り、降り注ぐ雨粒を蒸発させ、ルギアの周囲に湯気が立ち上る。
エネルギーの照射が終わり、立ち昇る湯気を嵐がすぐさま拡散させる。
海面には最後の一滴まで力を振り絞ったであろうギャラドスが力なく浮かんでいた。
『くっ、はぁ……』
ルギアに外傷はないものの、疲労すらせずあの一撃を防ぎきることはできなかった様子で、苦々しげな表情で大きく息を吐く。
もはや理解が出来なかった。まるでこの地に棲まう全てが自分に対して敵対しているかのように感じられる。そう考えながら息を整えようとした間際、まるでその隙を待っていたかのように、次の攻撃が音もなく彼へと迫った。
クレーターの中心から伸びる、赤と緑の二本の触手である。虚を突かれたルギアであるが、目の端でそれを捉え反応する。
『ぐっ、うぅ……!』
ルギアの胴体へと向けて鋭く伸びる二本の触手を念力で受け止めようとするが、先ほどの疲労もあってその精度は落ちており、その進行方向を僅かにそらす程度にとどまった。
『ぐあああああっ!?』
鋭利な槍と化した触手が右の翼を刺し貫き、そのままぐるぐると巻き付いたとかと思えば骨が砕けるかと思うほどの力で締め上げる。
その苦痛に思わず苦痛の声を上げ、拘束から逃れようと翼に力を込める。
しかし触手はルギアの抵抗を上回る力で、その巨体を強く引っ張った。
片翼での抵抗も虚しく彼の体はなすがままに引き寄せられ、小島の上に叩き付けられる。
『がっ、はぁ……ッ』
硬い地面の上で仰向けに横たわりながら、ルギアの口からうめき声が漏れた。
咄嗟の状況に防御もままならないまま岩盤に打ち付けられ、彼の白い体には幾つものかすり傷ができている。
『いっ、いったい……?』
右の翼を拘束していた触手がするすると解かれる。しかしすぐさま体を起きあげることは出来ず、彼は疑問をそのまま口にしながら緩慢な動作で顔を上げた。
ゆっくりと戻ってゆく触手の先を目で追うと、やがてその持ち主へと行き着いた。
『き、さまは……!?』
視線の先にいたのは、ひどく無機質な姿をした何かであった。
赤と緑の色から構成される体の質感に生物らしさは感じられず、かろうじて人型ではあるが胸元に見える水晶体や、腕の代わりに胴体から生える二対の触手など、その形状は彼の知るどんなポケモンとも異なっている。
デオキシス。隕石に付着したウイルスが変異したポケモンである。その正体などルギアには知り様もない。
しかし、その存在の有り様が自分の知る生物とはかけ離れているということだけは、嫌でも理解できた。異常に凶暴化した先ほどのポケモンや、この一帯から感じる異質さの中心が、目の前の相手である。
デオキシスは、表情を伺うことも出来ぬ機械のように無機質な瞳で、じろりとルギアを見つめる。その視線からはどのような種類の感情も感じ取ることが出来ない。
ただただその在り方の異質さに違和感を覚えるのみである。
『貴様が何者かは知らないが、この異変の原因ならば放置するわけにもいかんな……』
そんな言葉の意味すらも届いてはいないのだろうと感じつつも、ルギアはそうこぼしながら体に力を込めた。
ダメージはあるが、まだ自己再生が可能な範囲である。まずは距離を取り、触手による攻撃を掻い潜りながら傷ついた体を回復し反撃に出る。
頭の中で戦闘の道筋を組み立てると、ルギアはデオキシスとの間の地面に念力を送り、小規模な爆発を起こす。気休め程度の目眩ましであるが、ないよりはマシであろう。
それと同時に体中の力を振り絞り、強靭な後ろ足で地面を蹴って跳躍しながら両翼を羽ばたかせる。
念力によって引き起こした爆発の向こうからは、予想通り先ほどと同じ触手による攻撃が繰り出される。
しかし不意打ちでなければ対応できないほどのものでもない。体の傷を癒しつつ、念力によってその攻撃を微妙に逸し、体を捻って回避する。
デオキシスは左右二本ずつ、計四本の触手を用いてルギアに猛攻を加えているが、ルギアもなんとかそれを凌ぎながら反撃の準備を終えつつある。
『……その細い体で、耐えることが出来るか!?』
迫り来る四本の触手を念力によって弾くと、ルギアはそう叫び口を大きく開く。
圧縮した大気を口より放つ、エアロブラストという技を繰り出すための体勢であった。
守りに長けるルギアといえど、その本気の一撃が持つ威力を耐えられる相手などそうはいない。
(くらえっ!!)
そう念じながら、ルギアはその渾身の一撃を放つ。圧縮された大気が渦を巻きながらデオキシスへと向かって発射される。
しかしそれが直撃するかと思った間際、デオキシスの体に異変が起こる。
『ッ!?』
胸の水晶体がまばゆく発光し、荒れ果てた小島の様子が照らし出される。
次の瞬間にはルギアの予想通りエアロブラストがデオキシスを直撃する。その衝撃で岩盤が砕け周囲へと飛び散る。
直前の不穏な発光の意味は理解できないが、ひとまずは作戦通りにことが運んだようだと、ルギアは僅かに安堵しかけた。だが、数瞬を置いてとある事実に気づく。
体にまとわりつくプレッシャーは些かも失われておらず、依然としてその存在を主張していた。
『今の攻撃を耐え切ったのか……!?』
信じられないとばかりに声を上げるルギアの前で、エアロブラストの余波が完全に消え去り、それによって遮られていた視界がクリアになる。
そしてルギアの攻撃によって出来上がった小規模なクレーターの中心には、ほとんど無傷のデオキシスが直立している。
『馬鹿な……』
ルギアは呆然とした様子でそう呟く。エアロブラストに耐えるためか、デオキシスの体の形は変異しており、体のパーツは丸みを帯び、両腕から伸びる触手は平たくなっている。
『くっ!!』
続けざまにエアロブラストを放たせてくれるほどの隙は見付けられず、ルギアは忌々しげに呻きながら、念力による攻撃を繰り出した。
不可視の力による圧迫がデオキシスの体を攻撃するが、しかしそれすらも意に介す様子もなく、逆に焦燥から出来たルギアの隙を見逃さずに平たい触手を伸ばす。
太いしっぽにがっしりと触手が巻き付いたところで、デオキシスの胸の水晶体が再び発光した。
丸みを帯びた体のパーツは、今度は鋭角で構成されたものに変化してゆく。一瞬の間に変化が完了すると、尻尾を掴んだままの触手が有無を言わせぬほどの力でルギアの体を手繰り寄せた。
それと同時に、ルギアの全身へと急激な加重がかかる。
『こ、これは……!?』
抗うことも出来ずに墜落しながらルギアが声を上げる。それは彼が使ったのと同様の超能力による不可視の攻撃であった。
念力による加重と触手の力によって、ルギアの体は先程の一撃以上の勢いで岩盤へと打ち付けられる。
『ぐはっ、か……ッ!?』
骨にヒビの入る不快な音が体内に響く。衝撃によって内蔵がかき混ぜられ、猛烈な嘔吐感がこみ上げる。口の中に血の味が広がる。
仰向けに横たわる体へと念力による容赦の無い圧力が加えられ、今度は首を起こすことすら出来なかった。
まるで地面に縫い付けられたかのように身動き一つできず、うめき声を上げることしか出来ない。
抵抗する手段もなく無防備にさらけ出された腹部へと、右の翼を刺し貫いた時と同様に先端を鋭利に変化させた触手が伸びる。
それを察知し、あらん限りの力を注いで加重へと抵抗しようとするが、念力の強力さに於いて、デオキシスのそれは遥かにルギアを上回っていた。
『や、やめ……ッ』
もはや敗北も必至の状況へと追い込まれ、ルギアは通じるはずもないと知りながら、制止の言葉を口にせずにはいられなかった。
だがやはり、デオキシスがその言葉に反応することはない。
柔らかな弾力を持った腹へと触手の先端が押し当てられる。鋭い痛みに、ルギアは無駄と分かりながら身を捩った。
『ぐっ、がぁあああああっ!!』
表皮をいとも容易く刺し貫いた触手が体内を這いまわる。その苦痛に悲鳴を上げながら、ルギアの体がビクビクと震えた。
触手は体内で更に枝分かれし、まるで探るように臓器の隙間や皮下を這いまわる。ルギアの腹部を中心として全身へと伸びる触手の動きが、表皮越しに盛り上がって見て取れた。
『ぎっ、がっ、やめ、ろおおお……ッ!!!』
皮下を無数の針金が這い回る苦痛に、ルギアが必死の形相で叫ぶ。それだけが抵抗の手段であった。
無防備な体内をなすがまま蹂躙され、命を握られながら出来る、唯一のことである。
触手はルギアの全身を巡りながら、体内にその蹂躙の痕を残してゆく。ルギアに襲いかかった二体のポケモンの異変、そしてこの一帯の異変、その源であるデオキシスの持つウイルスを。
その病原をルギアの全身にばら撒くと、枝分かれした触手は再び本体へと戻ってゆく。腹部を貫く触手がずるずると音を立てて引きずり出され、付着した血液が腹へと垂れ落ち染みこんでゆく。
『き、さま……、何を、した……!?』
ルギアが呻くように言った。体に強烈な違和感があった。触手による蹂躙によってもたらされたものは苦痛だけではないと、全身の感覚が告げている。
デオキシスが答えることはない。だが、すぐにその答えというべき異変がルギアの体に起こる。
『うっ、これ、は……ッ!?』
まず体を襲ったのは強烈な熱であった。全身を発熱が襲い、頭に霞がかったように思考が乱される。
息が上がる。浅い呼吸を繰り返す内に、体を拘束していた念力による加重が失われたことに気づくが、全身が脱力して体が思うように動かない。
深くは思考できないが、激しい危機感があった。見知らぬ何かに体を蝕まれる恐怖を感じ、全身が小刻みに震える。
頭の中に、異なる思考が流れこんでくる。暗く空虚な、機械のように淡々とした生存本能。
『な、るほど……な……』
危機的状況ながらも、ルギアは合点がいった様子で呟いた。
この毒で、あのポケモン達を操っていたのかと。そして自分をも取り込もうとしているのかと、回転の遅くなった頭でなんとか理解する。
だが、このまま終わるわけにはいかない。海神たる自分が、支配下に置かれるわけにはいかない。この海がただ蝕まれることを見過ごすことなど出来ない。
熱暴走しそうな頭をフル回転させて意識を集中する。体の回復力を極限まで高め、受けた傷を回復すると同時に、体の抵抗力を高める。
彼とて神性として扱われるほどの力を持った伝説のポケモンである。その生命力は一般のポケモンとは比べ物にならない。
頭の中に流れ込む異質な思考を追い出しながら、体を捻り、翼を地面に突いて体を支えながら、ふらふらと立ち上がる。
『私を……、この海を……、支配下に置くことなど、できぬぞ……!』
そう吠えるように叫び、その双眼でデオキシスを睨みつける。
その意志に呼応するかのように、頭にかかった霞が晴れ、全身の発熱と脱力感も失われてゆく。
伝説のポケモンゆえの強靭な生命力と、彼の持つ鋼の意思による結果であった。
全快へと近づいてゆく体の調子を確かめるように、ルギアが深く息を吸い込む。そして、自らの意思を相手に示すかのように力強く咆哮する。
『ガァアアアアっ!!』
その轟音に掻き消されるように、雨粒が吹き飛び、空を覆う暗雲にポッカリと穴が空く。
風も雨も止まり、しんとした靜寂が辺りを包む。暗雲に穿たれた大穴から差し込む月の光を浴びながら、ルギアは再び臨戦態勢をとる。
デオキシスもまた、そのなんの感情も宿さぬ瞳でルギアを見つめ、胴体から伸びる触手の先端を向けた。
このままではルギアを自らの支配下に置くことは出来ない。しかし天候さえも左右するほどの強力な力は魅力的である。
自らの意志のもとに覚悟を固めるルギアとは裏腹に、デオキシスはあくまでも合理的に判断を行っていた。
このまま戦闘を続けるリスクを冒して、この相手を取り込む必要があるのか。
そしてその答えは是で、あった。
判断を下したデオキシスは、なんの前兆もなく攻撃へと移る。二対の触手がうねりながらルギアへと襲いかかった。
『またそれか……ッ!』
すでにその触手による攻撃は何度も見ている。さすがに対応にも慣れてきたころであった。
今の攻撃的な形状に変化することで触手による攻撃は鋭さを増し、ルギアの念力を持ってしても防ぐことは困難になりつつあったが、それでも致命傷を避けつつ拘束を狙った攻撃を回避することは可能である。
常に動きまわって的を絞らせなければ、念力による加重で動きを阻害することも難しいはずである。
加えて、どうやら相手は目的に応じて自らの形状を変化させるようだとルギアも学んでいた。
彼の渾身の一撃さえも防ぐ防御に長けた形態、そして今の攻撃に特化した形態。ならば、再び防御形態に変化する隙を与えずに攻撃を叩きこむことが出来れば勝機はあるはずだ。
防戦に徹して隙を伺いながら、ルギアは再び渾身の一撃を叩きこむ瞬間を伺う。
触手の動きには呼吸といったものが感じられず、生き物なら当然あるはずの攻撃間隔のムラや不安定さが一切欠いていた。
非常に戦いにくくあると同時に、規則正しすぎるがゆえの読みやすさがある。
慎重に攻撃のパターンを見極めながら、ついにルギアは行動を起こす。
四本の触手が伸びきった状態で身を躱し、思いつく限り最良のタイミングで再びエアロブラストの体勢に入った。
しかし、決定的な隙を伺っていたのはルギアのみではなかった。
大きく開いた口にエネルギーを収束しながら、不意にルギアはなんの感情も宿さぬ無機質な瞳が自分を見つめているのを感じた。
言い表せぬ不安感に背筋が寒気立つのと同時に、デオキシスの胸の水晶体が光を放つ。そしてその前方にうっすらと光の玉が浮かんだ。
ルギアがエアロブラストを放つために大気を収束させるのと同じタイミングで、デオキシスもまた可視化するほどにまで強力な念力の力を収束させているのだ。
サイコブースト。デオキシスのみが使うことの出来る、念力の力を極限まで使った技である。
『ガァアアアッ!!』
ルギアが咆哮を上げながらエアロブラストを放つ。そしてデオキシスは自らへと迫り来るその衝撃波へと向けて、虹色に光るまでに収束させた光の球体を射出した。
その出力の差は、もはや結果を確かめるまでもないほどである。相殺などせず、エアロブラストは一方的に打ち消され、技の反動によって無防備に静止するルギアへと球体が直撃する。
『ひっ!?』
ルギアの怯えるような叫びをかき消すように、轟音が鳴り響く。
白い体は爆炎の中に呑まれ、数瞬後にはその余波である煙の中から力なく落下した。
受け身さえ取る余裕もなく、ルギアの体はどさりと地面に落ちた。横たわるその体のあちこちには焼け焦げたような痕が残り、所々からはプスプスと煙が上がっている。
『くっ、まだ……、終わらん……ッ』
それでもルギアは自らへと言い聞かせるようにそんな言葉を口にしながら満身創痍の体に力を込め、ふらふらと立ち上がる。
意識を集中し、まともに動かすことも出来ない体の自己再生を行いながら、緩慢な動作で距離を取ろうとするが、その行動をデオキシスが見逃すはずもなかった。
『がはっ!?』
二対の触手のうちの片方が一本に交じり合い、人間の手のような形状を取ると、その握り拳がルギアの腹部へと鋭い一撃を喰らわせる。
柔らかな弾力を持った腹部が大きく凹み、内蔵を損傷したらしくルギアの口からは血反吐が溢れる。
巨体をぐらりと揺らして自らの血反吐が作った水たまりの上に倒れ込みながらも、損傷した内臓の自己再生を開始する。
しかしその完了を待つことなく、今度は念力により圧力が右の翼へと加えられる。限界を超えた加重によって強靭な骨がミシミシと悲鳴を上げ、その苦痛にルギアが呻く。
そして限界寸前の骨格へと、触手が統合され形作られた拳が振り下ろされる。骨の砕ける不快な音が、ルギアの脳内に木霊した。
『ぎぁっ、がぁああああっ!!!?』
痛みと強烈な不快感に漏れ出す悲鳴も途切れぬ内に、今度は左の翼へと同様の圧力が加えられる。再び訪れるだろう苦痛の予感に恐怖を感じながら、それでも彼は必死に傷ついた内蔵を再生し、再び戦えるだけの体力を取り戻そうとする。
振り上げられた拳が、今度は左の翼を破壊する。不自然に折れ曲がった翼からは砕けた骨が突き出し、血液が溢れ出す。
許容量を超えるほどの苦痛の連続に体を震わせながら、それでもルギアは体の再生に努める。
傷ついた相手を一撃で仕留めるには十分すぎる力を持ちながら、何故それをしないのかという疑問を思い浮かべる余力も、もう残ってはいない。
譲ることの出来ぬ意志にすがりながら、なんとか集中を保って自己再生を続ける。
それこそがデオキシスの狙いであるという考えに至るほどの余力は、もうなかった。
ウイルスを跳ね除ける程の生命力を消耗し切るまで、極限までその体を傷つけ続けるという合理的な判断である。
振り上げられた拳が、今度はルギアの顔面へと振り下ろされる。脳を揺らされて集中が途切れそうになりながら、ルギアはほとんど生存本能のままに自己再生を続ける。
今度は槌のように変形した触手が勢い良く振り下ろされる度、ルギアの顔面が地面へとめり込み、体がビクンと跳ねる。鋭く凛々しかった顔が打撃によって変形し、頭蓋にさえヒビが入ったところで、ようやくデオキシスは頭部への攻撃を中止する。
焦点の合わぬ瞳が虚空を見上げ、顎が砕け半開きのままとなった口から、ひゅうひゅうと虫のようにか細い吐息を漏らす。
触手の変形した槌が、気つけとばかりに再び腹部へと振り下ろされる。
『ごっ、げぼぇっ……』
治りかけていた内臓が再び傷つけられ、ルギアの長い首が脈打つように動き、閉じることの出来ぬ口から真っ赤な血液が溢れ出す。
これほどの状態のなりながら、それでもまだルギアの生命力が尽きる様子はない。もはや正常な意識を保っているかも分からない中で、傷ついた臓器は再生が始まっている。
(まだだ……。まだ……、勝負は……)
砕けた口で言葉を発することもできず、ルギアはただそんな言葉だけを頭の中で繰り返す。
赤く染まった視界で虚空を見据えながら、自分自身に課した役目を果たすことだけを、ひたすら考えている。
それが達成できるか判断できるほどの余力もなく、今にも途切れそうな意識の中で、その執念にだけすがりつく。もう他の何も考えることは出来なかった。
『――ッ!?――ッ、ッ』
念力による加重が、今度は両足を襲う。悲鳴をあげようにも、喉に溜まった血液が水音を立て、声にもならぬ掠れた息が開いたままの口から漏れるのみであった。
これまでに受けたものよりも更に強い、プレス機にでもかけられたかのような重圧が両足を襲っていた。
透明な板を押し付けられているかのように肉が凹み、ゴキッと音を立てて股関節が外れる。
なおも続く加重に耐え切れず両足の肉は引き伸ばされ、その表皮に亀裂が入る。それでも加重が緩められることはなく、不可視の壁がルギアの両足を押しつぶそうとしていた。
足先の骨は異音を放ちながら粉砕され、さながらミンチとなった太ももの肉が血液とともに引き裂かれた表皮から溢れだす。
修復など不可能と思える損傷であるが、程なくしてその出血が止まり、形を失った両脚が再生されようとし始める。
海神と呼ばれた存在の、驚異的という他ない生命力であったが、今やそれに苦しみを長引かせる以外の意味はなかった。
(ま……だ……)
ついに思考さえも途切れそうになりながら、ルギアはひたすらに同じ言葉を頭の中で繰り返す。真っ赤に染まり何も見えなくなった眼球を震わせ、ボロ布と成り果てた四肢を痙攣させ、生きていることさえも不思議と感じるほどの惨状を晒している。
しかし、いかに無限に思える生命力を持っていても、もはや肉体の再生の限界は近かった。
仕上げとばかりに、念力による不可視の壁が柔らかな腹へと押し当てられる。
『うっ、げっ、ぼ……ッ』
僅かな圧力をかけただけでルギアの口からは血液が溢れだす。
もうどれだけの血を失ったのか、今の彼は自らの血液で出来た小さな池の中に倒れているような状態である。
丸く膨らんだ腹に詰まった血液や内臓は、圧力から逃げようと胸の方へと押し上げられてゆく。
平たく伸ばされてゆく腹部と反対に、胸元は風船のように膨らみ、今にも破裂しそうにさえ見える。
緩むことのない加圧に骨盤が音を立てて砕け、腹部に残った臓器が潰されてゆく。
ルギアの生命力をもってして、ようやく死なずに済むその瀬戸際を目指して、容赦の無い破壊がその体を襲う。
不可視の圧力はルギアの腹部を破壊しつくし、それでもまだ力が緩むことはなかった。
ミシミシと背骨に亀裂が入ってゆく音が頭蓋に響くのを感じながら、もはや痛みすらも感じられないほどに混濁した意識の中で、ルギアは唯一つの思いだけをひたすらに念じ続けていた。
(コノ――、ウミヲ――、マモ――)
そんな想いさえも打ち消すように、限界を迎えようとしている体へと最後の一撃が加えられる。
背骨が砕け胴体が痙攣すると同時に、限界まで膨らんだ胸から喉へと膨らみがせり上がる。
熟れた果実を踏み潰すような湿った音を伴いながら、背骨を砕かれた衝撃で痙攣するルギアの口から血液に混じって肉塊が吐出された。
出血によって赤く染まった瞳から、血の色を帯びた涙が零れる。体の痛みすら感じることが出来ぬまでに鈍化した思考の中に最後に残ったのは、自ら課した役目すら全うすることが出来ないという、無念であった。
腹部を圧迫していた力を解くと、胸をふくらませていた内臓の欠片と血液が再び腹部へと流れこむが、潰す前のような張りのある丸さに戻ることはなく、どこか歪で萎んだままである。
いつしか体の痙攣は消え去り、血に塗れた口からは今にも消え入りそうなほどに小さな吐息が漏れ、胸元はそれに合わせて僅かに動く。
心臓の鼓動はいつ止まってもおかしくないと思えるほどに弱々しく、無限に思えた程の生命力がついには潰えようとしていることが伺えた。
そんな体へと、再び触手が突き立てられる。強靭な意志の力も、並外れた生命力も失われた抜け殻のような体を、再びウイルスが蝕もうとしていた。
何も見えない。何も聞こえない。暗く、寒く、心細い。無力感、恐怖、憎しみ、初めて実感する負の感情を抱えながら、ルギアの意識は闇の中にそっと消えていった。
終